まっくら森の歌

わんこの姫君・凛の想い出、にゃんこの姫君・由との日々。

「いま死を考えなくてよい社会で命が粗末に扱われている」  

人間は、と云うか、全てのいきものは生まれた瞬間から死に向かう。
1分1秒と、刻々と死につつある。

死を考えなくてよい社会とは、何でしょうね。

死に向かういきものである以上、人は常に死につつあると云うのに。
刻々と近づいてくる死を考えずに、では、生きるとはどういうことなのでしょう。

我想う故に我在り、と哲学者は云いました。
考える葦と、人を名付けた学者もいました。

想うこと、考えること、を放棄してしまったら、それはもう生とは云えないのでは?
死を、畢竟、生きると云うことの意味を、考えない生に意味は無いのでは。

わたくしは物理的に死に瀕したことはございません。
ですが、精神的に死に近い場所に生きていた時間はございます。

その頃には、また笑顔を視たいと想う人も、またともに歩みたいと想う人も居ませんでした。
生きる糧というものに乏しゅうございました。
いまも、たぶん、豊かであるとは云えないでしょう。

己の生にすら意味を見いだせない者に、他者の生を思い遣ることは出来ません。
己の生を生きる覚悟を持たない者は、他者の生に関わるべきではありません。

地に足を付けて大地を踏み締めて、己の足で立つことが、はじめの一歩なのでしょう。
己の足で地に立つ。

ただ、それだけの当たり前の覚悟を持たない者が死を想わない。
死を考えない社会を作る。

でも、それは「死を考えなくてよい」社会ではないのではないでしょうか。
単に浅薄で軽率なものの集団に過ぎないのではないでしょうか。

生きる為には生きる糧が、意味が、必要です。

その糧を、意味を、掴み取るのは個人の覚悟です。
覚悟を持たない者に生は無い。

memento mori.

それが、わたくしの現時点での結論でございます。
覚悟のススメでございます。

恐れも畏れも、無知から生まれるものでございます。
克服するためには知ることが必要です。

だから、学べ、と。
考えよ、と。
想え、と。

覚悟を持つ為に。



Posted on 2018/02/25 Sun. 12:57 [edit]

category: 徒然

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